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偶然

雑誌やラジオで活躍中のえのきどいちろうさんが、ご自身の髪についてのイメージを語ってくれます。
えのきどいちろう
1959年生。秋田県出身。中央大学経済学部卒。高校時代に赤瀬川原平氏や南伸坊氏らに影響を受け、友人とミニコミ誌を製作。大学時代に同じ仲間と創刊した『中大パンチ』の原稿が当時、『宝島』の若手編集者だった関川誠氏の目にとまり、デビュー。現在は各種雑誌でコラムやエッセイを連載するほか、ラジオの世界でも活躍。また、大の日本ハムファイターズファンとしても知られている。
 
イラスト 確実にハゲるだろうと思っていた。髪質が細く柔らかく、20代のうちから床屋さんにも「これはハゲますね」とタイコ判を押されていた。父は30そこそこ で頭頂部がいってしまい、以後、定年退職するまでポマードでスダレ状のオールバックという人だった。証券会社の営業マンだったからストレスも相当だったに 違いない。さらに、話を聞くと、身体がくたびれ過ぎて、帰宅するなり風呂にも入らず寝てしまうような日々が続いたそうだ。これは皮脂がとれないから絶対に よくない。
 まぁ、だけど「確実にハゲる」という前提を生きていると、案外、楽観的なものだ。後に奥さんになった彼女が心配して、育毛剤とトントン叩くブラシを買っ てきたことがあるけれど、2~3回使ってあきてしまった。大体、育毛剤の匂いが気に入らなかった。今回、原稿を書くのでツムラの「モウガ」をいただいて 使ってみたが、無香料でベタベタしないのは好印象だ。そんな言い方もアレだが、育毛剤の匂いとベタベタ感が人間をやけに切羽つまったところへ追い込むよう な気がしないだろうか。ぷーんと香るオヤジな匂いが心理的にダメージを与える。いや、そんな気がするって話だけど。
 つまり、「確実にハゲる」と思っていたもので、僕はほとんど何の対策も講じて来なかったと言っていい。髪の毛の為に僕がした唯一良いことといったら、面 倒なのでパーマや茶髪にしなかった程度のことだ。父の後悔を聞いた筈なのに、仕事が忙しくなると風呂に入らず寝てしまったりする。ヘアスタイルはずっと真 ん中分けだ。床屋さんに行く時間がないと少々長髪気味になり、行くとサラリーマンみたいにサッパリした感じになる。
 だから40代のこの齢になって、これといって変化がないというか、ハゲずにいるというのは本当に驚きだ。父もひとの顔を見る度、「一朗、ハゲないな」と 感心している。よっぽど苦労がないのか、白髪もろくに生えない。僕がイメージするのは、映画『プライベート・ライアン』みたいな戦闘シーンだ。どういうわ けか偶然、弾が当たらず、塹壕に身を伏せてキツネにつままれたような気持ちでいる。同世代の戦友たちは「スキンヘッド+ヒゲ」にしてみたり、植毛へ走った り、蝶タイで雰囲気作ったり、色んなことになっている。
 友の横たわる姿を眺めながら、僕は塹壕で何をすべきなのだろう。敵の火力に衰えは見られない。被弾しなかったのは偶然なのだから、今、飛び出せば確実にやられる。いや、最初から「確実にやられる」と思って戦場に出たんだけど。
 塹壕で何とか持ちこたえている我々にツムラからモウガが届いた。どうも「独自の生薬配合バランスによるシナジー効果」ということらしい。 戦場にも夜はぽっかり月が出て、あたりを照らしている。「父さん、俺、モウガ120mlもらったよ」
 月は何にも答えない。