髪のトリビア

人気番組『トリビアの泉』のスーパーバイザーなどで活躍中のコラムニスト、唐沢俊一さんです。
唐沢俊一【からさわ・しゅんいち】
1958年北海道札幌市生まれ。青山学院大学文学部卒業後、東北薬科大学中退。作家、コラムニスト、B級カルト文化評論家。最近ではフジテレビ系の人気番 組『トリビアの泉』のスーパーバイザーとして活躍中。著書に『育毛通』(ハヤカワ文庫)、『近くへ行きたい』(講談社)などがある。
 
イラスト 以前、ある科学雑誌で髪の毛に関する特集をしようということになり、ライターたちが十名ほど集められた。彼らにそれぞれ、髪の毛に関する情報やウンチクばなしなどを集めてもらい、私が最終的にアンカーとしてそれらをまとめるという仕事であった。
 ……ところが、そのとき集められたライターさんたちというのが、みな三十代後半から四十代という年代の男性で、これは、学術的な知識と視点を必要とする 科学雑誌のライターには、どうしてもこれくらいの世代の人が多くなってしまうからなのだが、それで集まってきた原稿を読んでみると、髪の毛に関する特集号 なのに、どれもこれもが、その髪の毛の乏しい状態、つまりハゲに関する原稿ばかりなのに苦笑した。彼ら(私もそうだが)のような世代にとっては、髪の毛の 話というと、即、それが薄くなったという話としてイメージされてしまうらしいのである。
 髪の毛の薄いのを男性が気にするのは古代ローマ時代からそうだったらしい。かのシーザーは兵隊たちから「薄ハゲ」とあだ名で呼ばれており、自分でもそれ を非常に気にしていた。戦勝将軍としてローマ市民から贈られる月桂冠をかぶるのを彼が非常に好んだのは、それでハゲを隠すことが出来るからだったと言われ ている。いや、ローマよりなお古い古代ギリシアの文献を見ると、タマネギを薄く切ってハゲた頭に貼り付けてパックする、という方法が紹介してあり、あの時 代の男性たちもやはり、髪の毛の保存には苦労していたことがよくわかる。
 ……なぜ、人類の男性は普遍的にハゲを嫌うのか。江戸時代の男性など、ちょんまげに結うのに殆どの髪の毛を剃ってしまうのだから、いっそハゲでもいいだ ろうにと思うのであるが、逆にハゲを非常に嫌がり、髪の毛が薄くなってまげが結いにくくなると、入れ毛までして髪を増量させていた。
 まあ、最初からないものならともかく、あるものがなくなるのは心理的に寂しいからだという説が最もポピュラーだが、しかし盲腸や扁桃腺を切って寂しく思う人はいない。髪はやはり何か、人間にとり特別な思い入れがある器官なのであろう。
 剣豪小説作家で手相占いの権威でもあった故・五味康介氏は、髪の毛は人間にとり、宇宙の気を受け止めるアンテナであり、のばせばのばすほど霊感が高ま る、と主張していた。バルザックやダンテ、ミケランジェロなど古来の画家や小説家の肖像画に長髪のものが多いのは、彼らがその髪の毛を通して天界のインス ピレーションを得ようとしていたからである、というのだが、ダンテやミケランジェロの髪が長いのは、彼らの時代にはそもそも一般男性の髪型の基本が長髪で あったためではないかと思う。それに、五味氏が自分の占いの基礎としていた中国の算明学では、霊感は髪の毛がある者よりも、ハゲている者の方が強い、とし てある。これは、算明学において聖人とされる孔子、老子、孟子の三人が揃ってハゲだったとされているからであるようだ。
 まあ、人間というものは、髪があればある方に、なければない方に都合いいトリビア的知識を集めたがる動物なのかもしれない。ちなみに、冒頭に記した科学雑誌は、結局特集タイトルを“ハゲの科学”と変更して無事、特集を組んだのであった。。