カムフラージュ進化論

第1回は、自ら「薄毛」の悩みと戦い続けてきた40代。トレンドウォッチャーの木村和久さんです。
木村和久【きむら・かずひさ】
1959年、宮城県生まれ、明治学院大学卒業。コラムニストあるいはトレンドウォッチャー。若者の風俗や流行について、独自の視点で鋭く切り込んでいくコラムが人気を博す。現在の連載は、『週刊SPA!』『週刊ポスト』『週刊宝島』『カーセンサー』『パーゴルフ』等。著書に、『キャバクラの歩き方』(扶桑社)『旅の恥は持ち帰り―世界漫遊録』(青春出版)『平成ノ歩キ方―時代がよくわかる』(小学館)など。
イラスト  髪の毛はないより、あった方がいい。そんなことは当たり前だ。では、なんで髪の毛が少ないと、人生のマイナスに見えてしまうのか?  いったいデメリットは何なのか? 私自身、髪の毛が薄い男の一人として、体験をもとに考えてみよう。
まず一番決定的なのは、髪の毛が薄いと外見が老けて見えてくる。これが致命的である。実際の年齢よりも5歳、あるいは10歳ぐらい老けて見える。これが髪の毛が薄い人の、最大の悩みである。
そして2番目の悩みは、髪の毛が薄いことにより貧相に、活力が無さそうに見える。風が吹いた日などは、枯れたススキのようで、髪の毛が吹き飛ばされそうに見える。そんなマイナスイメージがある。男の髪の毛とは、ライオンのたてがみのような象徴なんだろう。フサフサしていることが活力の源、そういう捉えられかたをしている。髪の毛の薄い人間は、どうも社会でも成功しなさそうに、自信なげに見えるから怖い。そのふたつが髪の毛の薄い人の、大いなる悩みである。
そして、その結果導き出される3番目の答えであり悩みは、「女のコにモテない」という、男の本質的な問題にぶちあたる。厳密には髪が薄くてもモテなくもないが、やはり双子で同じ顔だちの男がいて、片方が髪の毛が薄かったら、髪の毛の濃い方を取ってしまうだろう。そういうことだよね。
というわけで、髪の毛は薄いより濃い方が断然いい。そのために薄い人は、薄いなりの努力をする。私もそうだ。髪の毛が薄くなってはや10年。個人的な努力は一生懸命している。努力の仕方は、髪を生やそうというよりは、いかにカムフラージュするかにエネルギーを注いでいたのだけれどもね。
どんな努力の変遷があったかというと、まずは第一期、やや髪の毛が薄くなってきた時期。工夫したことは、髪の毛の薄い部分に、濃い所から髪の毛を無理矢理引っ張ってくるというやり方だ。
私の場合、額がずるっと薄くなってきたので、左右から髪の毛を持って来た。伸ばせるところは、できるだけ伸ばすというスタイルを取り、なぜか後ろの毛は伸ばしていた。今思うと、それも奇妙だが、左右と後ろを伸ばし、額に髪の毛を集中させていた。これは誰でも一度は通る道らしく、こいつハゲを隠そうとしているなという魂胆がハタから見透かされてるのが自分でもわかって、心苦しかった。
でも、まだ隠せるうちはいい。40代に突入してくると、次第に、そんな髪の毛を補う方式では隠せなくなった。
どうしたか? まずゴルフをしてがんがんに日焼けをする。そして髪の毛を茶髪にして、髪から顔から全部を褐色にする。するとどこが頭髪だか、肌だか分からなくなり、だいぶ髪の薄く見えるイメージが軽減された。そしてヘアスタイルは、逆にベリーショートにした。長い髪の中にハゲを隠す作戦から、逆転の発想だ。短い髪にして全体に髪の毛を薄くして、本当に薄いのを隠す。そういう第2段階の処置に移行したのだ。これが案外いい。
かくしてベリーショート作戦は今のところ、功を奏しているが、いつ第3段階の症状に進んで、つるっぱげ頭にしてハゲを隠す「松山千春さん作戦」に移ってしまうか心配だ。まっそんななか、ベリーショート作戦の成功でひと安心していると見せかけながら、『モウガ』作戦を深く静かに進めてる自分が、少し愛おしかったりするのである。